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ふたりの娘。二匹のメス猫。そして発達障害気味の夫。帆の街での「ごく普通の家族」のごく普通の一日はきょうもボチボチと暮れていきます。

Silence

映画・読書

水曜日に映画『Silence』を観てきました。

 

 

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ニュージーランドでは評判は今ひとつのようで

来週にも上映が打ち切られてしまうらしいというので

友人と慌てて行ってきました。

 

 

遠藤周作の原作『沈黙』は高校生の時に読んでいて

そのときは、その年齢なりにいろいろ感じるものがあって

遠藤周作のキリスト教関係の作品を

何作か続けて読んだりもしてみたのですが

 

 

「神の沈黙」という壮大な問いは私の手に負えるものではなく、

ほんの小さな手掛かりさえ見つけることができなかった……

 

 

という状況は、

あれから40年経って

マーティン・スコセッシ監督という

大監督の解釈を見ても、やっぱり変わらなかったのです。

 

 

遠藤周作の本を何冊か読んで

わたしのなかにボンヤリと出来上がったイエス像は

「無能の人」です。

 

 

重病人がいても

その人の病をたちどころに治してしまえるような

奇跡を起こす力などは持ち合わせてはおらず

ただ、病人の手を握り、うなだれて

一緒に涙を流すだけの

「何もできない人」

 

 

イエスにできたのは

ただひたすら、無条件に愛することだけだったのだと

 

 

わたしは遠藤周作の作品をそう解釈したのですが

もしかしたら、まったく違っているのかも。

 

 

キリスト教が人々の生活に溶け込む国で暮らして16年

東日本大震災の後はチャリティイベントに参加したりして、

日本人との「チャリティ」の捉え方の違いを感じるにつけ

人々の意識の根底にある「キリスト教」の存在を

思わずにはいられません。

 

 

キリスト教は「愛」の宗教なんだなぁ、と。

 

 

そして、

日々ストレスの源に対する怒りを抑えながら

「わたしは天使じゃない」

「わたしは天使になれない」

と、心の中で繰り返しているわたしがいるのです。